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1952年という早い時期に、15基もの古墳が発掘調査され、翌々年には一部の古墳が愛知県の史跡に指定されています。40基以上の古墳から構成される、愛知県を代表する後期群集墳のひとつです。群の造営期間は、6世紀の後柔から7世紀複葉までの長期に及んでいます。
この古墳群が注目されるのは、40以上という構成墳の多さだけでなく、群中に小規模ながら前方後円墳(4号墳)を含んでいるためです。この古墳は今でも調査時の姿で残されており、墳丘の裾に巡らした石列は明瞭な前方後円形を描いています。
このように、多数の円墳に混じって少数の前方後円墳が、同一群中に併存することから、群を造営した集団内にも格差が存在したことがわかります。同じ場所に累代の墓を営みながらも、その内部は一様ではなかったようです。
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