No. 7 町指定 文化財 工芸品
稲荷神社の鰐口
鰐口とは社堂・仏堂前の軒下につるされて、打ち 鳴らして使う円形偏平な楽器です。この鰐口は、口径16cm、厚さ3.8mと大きな物ではありませんが、元和3年(1617)の銘があり、町内に残る最古のものです。 銘文の内容から、鵜飼嶋村の「牧野四郎衛門尉清俊」 が北金屋村の「中尾与三次」に作らせ、寄進したものと分かります。中世以前の武官の位を示す「尉」 の文字が江戸時代にもみえる稀少な例ともなって います。
僧の着用する袈裟には、五条・七条・二十五条と種類がありますが、その中で二十五条袈裟は正式な衣で、外出着のようなものです。 この袈裟は墨染めの黒色で、横幅が2m、縦が 1.2mほどの大きさで、1条は4長1短の袋状をしており、縦に25条が縫い重ねられています。 寺伝によれば、道元禅師の着用したものとされて いますが、鎌倉時代末期のものと考えられています。 毎年1月7日の「宝物開き」の時には拝観することができます。
拄杖とは禅宗の僧が行脚する時に、錫杖の代わりに用いた杖のことで、松源院の寺宝のひとつです。 この杖は長さ2.2m、太さは3.3〜3.6cmほどで、材は欅です。表面には鉈目刻みがつけられており、下部には蔓状のものが巻き付いていたあとがあります。 寺では開山の大中一介和尚の使用を伝え、数百年を経た拄杖といえます。毎年1月7日の「宝物開き」 の時には拝観することができます。
砥鹿神社の例大祭に流鏑馬が行われることはよ く知られていますが、神社にはその時に使用される 鞍や鐙が数多く保存されています。 それらの中で、神馬に乗せる赤色で統一された 和鞍や鐙などの一式を中心に、5点の鞍とその付 属品が町の文化財に指定されています。神馬用の 鞍には永禄3年(1560)の年紀がみえ、他のものは江 戸時代に作成されたものです。 漆芸技術や鞍橋の形式を知る上で貴重な資料 としても注目されています。
木造百万塔
奈良時代の天平宝字8年(764)、時の称徳天皇の発願で造られた木造三重の小塔で、現在の所有者宅には、明治時代に法隆寺への寄付金の謝礼としてもたらされたものです。 塔は櫓で造られ、塔身部の高さは13.6cm(4寸5分)、 底径は10.1cm(3寸5分)、総高は21.2cm(7寸)の大きさです。塔の内部は空洞とな っていて、世界最古の印刷物と される陀羅尼経が納められています。1,200年以上を経過した 今でも保存状態は良好で、当時の技術の高さを示しています。